大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和28年(う)82号 判決 1953年5月13日

控訴人 被告人 川西藤一

弁護人 岡林靖

検察官 大北正顕

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納しないときは被告人を壱日弍百円の割合による期間労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人岡林靖の控訴趣意は別紙に記載の通りである。

本件記録を精査し総べての証拠を検討するに、

原判決挙示の証拠により、昭和二十六年十月二十二日午後四時過ぎ頃愛媛県北宇和郡近永町大字奈良の被告人所有のパルプ製造工場で、松山地方裁判所宇和島支部昭和二十六年(ヨ)第四二号仮処分決定(申請人石川清三、被申請人川西藤一)に基き、執行吏太宰真清は当時使用せられていなかつた一〇〇馬力モーター、抵抗器各一台につき被告人の占有を解いて同執行吏の占有に移し、これら物件にそれぞれその旨の公示書(差押の標示)各一枚を飯粒で貼付した上、これらの物件につき事実上法律上一切の処分をしてはならない旨を諭告して、仮処分の執行したが、被告人は擅に同物件を使用できないことを知りながら、その後間もなく剥離した右各公示書を原状通り貼付しないで被告人の机の中に仕舞い込んで置き以つて差押の標示を損壊した上、同二十六年十一月二十日頃から翌二十七年四月末頃までの間同工場でこれら物件を擅に使用した原判示事実に相当する事実を認めることができる。

一、右仮処分決定が被申請人である被告人の占有中の右モーター、抵抗器各一個を執行吏の占有に移し被申請人である被告人の右物件に対する一切の処分即ち事実上法律上の一切の処分行為を禁止したものであり、従つてその使用をも差し止めていたこと、被告人がその使用をも差し止めていることを知つていたことは、原判決挙示の証拠によつて明瞭であるから、被告人が前認定のように擅にそれらの物件を使用したことは、刑法第九十六条の差押の標示を無効ならしめた行為に該当するものと言わなければならない。

一、証拠によつて認められる事実は右の通りであり、被告人が仮処分の公示書を剥ぎ取つたとの事実は必ずしも明瞭ではないが、その認定のように飯粒で貼り付けられてあつた公示書即ち差押の標示が剥離した場合、本件のように事実上同物件が被告人所有工場内で被告人の支配下にあつた時は、被告人はそれらの標示を他に持ち去るべきではなく、これらを引き続いて右物件に附着せしめて置くに足る措置を講ずべきであり、これをしないでそれらの標示を机の中に納めて置くのは、右差押標示を無効ならしめた行為に該当するものである。原判示事実中「右物件にそれぞれ公示書を貼付しておいたところ其の後之を剥離の上」とあるは文字通りの事実は認め難いが、前示認定の剥離した差押標示を机の中に仕舞い込んだ事実を右のように差押標示を無効ならしめたものと解する以上、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認とは言えないのである。

一、本件記録に現われている諸般の情状を考慮するに、原審が被告人を懲役三月執行猶予二年に処したのは量刑過重と認められるのである。

よつて刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決を破棄し同法第四百条但し書の規定に従い当裁判所は判決する。

罪となるべき事実は前示の通りであり、これを認める証拠は原判決の示すものと同一である。

(法令の適用)

刑法第九十六条、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号、罰金刑選択。刑法第十八条第一、四項。刑事訴訟法第百八十一条第一項。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人岡林靖の控訴趣意

第一、原判決は理由のくい違いか又は十分な証拠理由を附せざる違法がある。

原判決の事実理由には「被告人が公示書を剥離の上物件を運転使用し公示を無効にした」とあるが、公示書を剥離した後物件を運転使用したという証拠は全然出ていない。被告人の公廷供述及び警察供述調書は「物件使用中自然に剥げた」と云い、検事供述調書は「自然に剥げたか誰かが剥がしたか不明」と云うておる。太宰真清の告発書には「被告人が公示を破棄した」という様な文字が出ておるけれども、之は同人の想像に止まり同人が真実如何を知る者でないことはその尋問調書が明かである。裁判所の検証調書には公示書は「不安定な状態で貼られたことが認められた、運転で剥げたのではなかろうかと思われた」とある。公示を故意に剥いだか否かの証拠は以上に止まる。従て証拠理由が十分でないか事実理由と証拠理由がくい違うかのいづれかだと思うが、もし右告発書の記載あるが故に以上の瑕疵にはならないとするならば右証拠で右の如く認定したことは判決に影響を及ぼす事実誤認である。

第二、原判決は判決に影響を及ぼす事実誤認の違法がある。

(一)その誤認とは前記した使用により自然に剥げたものを剥いで使用したと認定した点である。以下それが何故に判決に影響に及ぼすかを説明する。

(二)本件仮処分は現状の変更により債権者石川清三が本案の判決で勝訴しても権利の実行が不能となり又は著しく困難となる虞あるものとして許された係争物に関する仮処分であるから、その仮処分内容は右債権者のモーター引渡請求権保全の限界内に止まらなければならない。右請求権の保全には所有権の処分と占有移転を禁止すれば一応十分であるから、それが本件仮処分のあつて然るべき内容である。而して本件仮処分決定を見ると所有権の処分は禁じてある。占有移転の禁止は明示してはないが、執行吏に保管を命じ第三者に保管さすこともできるとしてあるから、刑法第二四二条第二五一条第二五二条第二項等と相俟つてその禁止はあることとなる。だが仮処分の内容は以上に止まり、その外に使用禁止もあるとは読めないのである。仮処分の執行調書を見ても「占有は執行吏に移つた、処分は許されない、処分や公示破棄は処罰される」という丈で、使用禁止の仮処分執行のあつた形跡は見当らない。

(三)更に別の面から論ずるが、動産に対する仮処分内容に関する法規は第一次的には民訴法第七五八条第二次的には同法第五六六条である。本件仮処分は右七五八条により保管人をおき債務者の処分行為を禁じたものであり、それ以上でも以下でもない。即ち使用禁止はなかつたのである。

(四)本件仮処分決定を以上の如く解しなければならない理由がまだ一つある。

該決定の定めた保証金は五万円である。之は物件の価額を十五万円と見、その一定期間の処分禁止により生ずることあるべき損害の担保は五万円で足るとしたものである。使用禁止まで含めるならば右保証金は何十万円かでなければならなかつた筈である。モーター使用による日産一トン価額二万五千円(仮処分異議申立の書面)というから月産約三十トン七十五万円である。従業員十二人(被告人警察供述調書)と被告人とその家族がこの利益により生活していたというから、純益は少くとも月十五万円に上るであろう。之が使用禁止により失われるのであるから、本案判決の確定迄六ケ月としても九十万円の損害一年とすれば百八十万円の損害が予想せられ、保証金は之を担保するものでなければならないからである。

(五)被告人の占有を解き執行吏の保管を命じておるから、被告人には占有なく従て使用はできないという考え方は不当である。右考え方が正当であるならば多くの動産仮処分命令に於て執行吏の保管を命ずる主文の外に使用禁止の主文を書く筈がないのである。民訴法五六六条第一項の執行吏保管ならば執行吏が現実に物を持去るのだから債務者が使用するということは考えられない。併し本件は同条第二項の場合である。京都地裁のいう様に「執行吏の占有は公法上のものであり仮処分債務者の私法上の占有はこれによつて左右されない」(下裁民判例集一巻一号九八頁)とまで云えるかどうか知らないが、とに角債務者に代理占有か何か使用可能な事実占有のあることは間違ない。世間一般に差押を受けてもタンス、水屋、不駄箱等等を引続き使用しておると同じ使用ができる関係にあつたのである。

(六)高松高裁の本件仮処分異議事件の判決が仮処分の内容を一部変更して「使用を許さねばならない」等という項目を加えたことは本論旨に反対する様であるが、あれはあれで民事上の保護には十分だからああされたものだと思う。もし刑事上の犯罪構成か否かの問題解決に当面されたのであつたなら、恐らく本論旨と同じ見解を採られたであろうと思う。

(七)以上論じた様にモーター使用禁止はなかつたのだから、仮処分裁判所執行吏、債権者及び被告人が如何に理解していたにせよ、被告人の運転使用は適法行為であつた。故にこの使用があり使用によつて公示が自然に剥げ落ちた事実があつたとしても、それは公示を無効ならしめたという犯罪にはならないのである。剥げた公示書は執行吏にその情を告げて示し、その命によつて保管していたというのだから、其処に違法性は全然なかつた訳である。

第三、仮に以上の論旨が理由がないならば原判決は量刑過重である。

本件を発生せしめた原因は国家の官吏従て国家にありと云える。もし本件仮処分が使用禁止を含むとすればそれは保全処分の必要限度を越えたものである。機械は使用すればまめつする故に使用禁止の必要ありとも云えようが、まめつの損害は知れたものである。多くても三十五万円のものが二十五万円になるという程ではなかろう。元来十五万円の売渡担保だから二十五万円になつても債権者の損は知れておる。殊に債権者は年八割の高利を貪つておるのである。之と十数家族の生活を困難に陷れる(異議申立)こととを天秤にかけたら使用禁止はなすべきではなかつたと思う。それでも使用禁止をするなら前記した様な十分な担保を立てさすべきであつた。なお使用禁止を主文に明記すべきであつた。明記されていたら或は被告人も使用はなさなかつたかも知れない。被告人としては自己並に雇人十数家族の生活のために追い詰められた窮余の所為であつた。仮処分命令そのものの主文は明白性を欠き本件の如き違背行為を生ずることも無理がなかつた。

という訳で私は有罪としても被告人に対する科刑は罰金千円に執行猶予を附して可なりと思料する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例